提灯小説第二弾 WiF戦記〜パコの章〜
- 2008/07/29(火) 16:24:55
流れ落ちた汗が目に入って、強烈に沁みた。
(来るんじゃなかったな)
パコは、手ぬぐいで乱暴に目をこすりながら、強く後悔していた。わざわざ、一日のうちで最も気温が高くなる昼過ぎに出撃してしまったのである。
まったく耐え難い暑さだった。そよとも風が吹かない。強烈な夏の日差しに熱せられて蒸発した水分が、空気中に充満して、べったりと身体にまとわりついてくる。まるで、粘液の中を進んでいるような不快感だった。
ときおり、愛ラマ「アルヘシラス」の足を止めさせて耳をすまし、四方を探るが、人の気配はない。
人の姿を見たのは、もう、四十分も前になる。遠くに青を見かけたが、追うより先に姿を消した。それきりだった。PKギルドの姿はない。どこの勢力も、昼間は出撃を見合わせているのだろう。
俺は何をやってるんだろうな。自分でも呆れてしまう。たいした理由があって出撃したわけではなかった。暇を持て余したのと、なんとなく戦いたい気分だったからでもあった。
が、誰もいない。これでは、どうしようもない。
腰の水筒に手を伸ばした。さきほどから水ばかり飲んでいる。お湯に近い生ぬるさで美味くはないが、やたらと喉が渇く。水筒を振ると、少なくなった水が、ちゃぷちゃぷと頼りない音をたてた。
パコは、残りの水を、苦しそうにあえぐアルヘシラスに与え、首筋をいたわるように撫でてやった。
(帰ろうかな)
もう何度、それを考えたか分からない。このまま出ていても、無駄足になりそうだと分かっていたが、収穫なしで戻るのに踏ん切りがつかなかった。もう少し、もう少しと思いながら、気がつくと、一時間以上も炎天下を彷徨っている。
だが、水も尽きた。今度こそ帰ることになりそうだ。
手ぶらで帰るのは癪だったが、それでも仕方ないと思った。体力の消耗に伴って、気力が落ちている。すでに、戦いが物憂く感じられていた。ステハイが潜んでいたら危ないと頭の隅では思うものの、緊張が緩んでいくのを止められなかった。
不意に、それまで、へばったように首を下げていたアルヘシラスが、足を止めると、首を高く持ち上げた。
アルヘシラスは、高く差し出した鼻をひくつかせて、何かを探っている様子だった。道から外れる方向に数歩進むと、パコの方に首をねじってみせた。進んでいいか? と訊ねているように思えた。
パコは、好きなように行かせることにして手綱を緩めた。
アルヘシラスの進む先には、濃い藪がある。アルヘシラスは、ためらう素振りもなく藪に突っ込んでいく。身構える余裕のなかったパコは、突き出した枝に、したたかに顔を打たれて呻いた。
木陰で涼むつもりかと思いきや、アルヘシラスは足を止めようとしない。今までにない行動だった。いったい、どうしたのだろうと訝しんだが、このまま任せてみるのも面白いかもしれないと思った。
ときおり、顔にかぶさってくる蜘蛛の巣には閉口したものの、木立で日差しが遮られる森の中は涼しい。短刀で枝を切り払い、飛び出してくる虫を避けているうちに、なんだか楽しくなってきて、パコはくすくす笑いを洩らした。
それにしても、ずいぶん奥まで入り込んだようだ。周囲は木々に閉ざされ、見通しが利かない。すっかり方角は見失ってしまった。この森に足を踏み入れたのは初めてで勝手が分からず、森を抜けるのに苦労しそうだった。
(それとも、こいつ、抜け出す道も分かってるのかな)
自信ありげなアルヘシラスの足取りに、ひさしく忘れていた冒険の楽しさが蘇った。たまには、こんな日も良いな。パコは上機嫌で、鼻歌を響かせた。
(おや)
パコは耳をそばだてた。水の音がする。近くに川があるらしい。心なしか、アルヘシラスの足が早くなったようだ。
最初から、ここに水があることを分かっていて、水を目指して歩いてきたのだろうか。パコは、動物の不思議な能力に感嘆しながらも、急に喉の渇きを覚えて、何度も唾を飲み込んだ。
* * * * *
ブログでの公開はここまで。続きは書店にて! ……といいつつ、まだ完成してないのだけども。
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